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仙台地方裁判所 昭和27年(行モ)3号 決定 1952年7月18日

宮城県遠田郡田尻町三百四十二番地

申立人

遠山常雄

右同所

申立人

佐々木赳夫

右両名代理人弁護士

山岸龍

宮城県古川市

被申立人

古川税務署長

前田義美

右指定代理人

相沢佐内

加藤隆司

福島悦蔵

右当事者間の昭和二七年(行モ)第三号行政処分執行停止申立事件について、当裁判所は次の通り決定する。

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人等の負担とする。

事実

申立人等代理人は、被申立人が国税犯則取締法に基くものだとして昭和二十七年五月二十九日申立人遠山常雄の肩書住所においてなした別紙目録記載の物件の差押処分の執行を本案判決確定に至るまで停止する旨の決定を求め、その理由として、申立人両名は申立人遠山常雄において申立外青森県上北郷三本木町太田文吉より同人の特許発明にかかる「滋養食品製造法」(特許番号第一七八、一二五号)の実施許諾をうけ、申立人佐々木赳夫は使用人としてその実施に協力し、いずれも右特許発明の実施により生計をたてているものであるが、該特許権の範囲は、大麦、小麦その他の穀類及び雑穀類を多量の脱脂牛乳に浸漬して蒸炊し、種麹を加えて麹ようのものとしこれを乾燥した物又は出来上りのままのものに牛乳と酵母の混合液を吸収させ乾燥粉末とすることを特色とする物及びその製造法であり、その目的とするところは経済的で甘味と栄養とに富んだ母乳代用品特に動物性を帯ばしめた物を得るにある。ところが被申立人は昭和二十六年十月頃から右滋養食品はその製造過程の生成物と共に酒税法第十六条の麹にあたり、申立人等が同法による免許を得ないでその製造をなすことは同法違反であるとして昭和二十七年五月二十九日申立人等が申立人遠山常雄方で右滋養食品を製造中国税犯則取締法第三条、酒税法第六十二条に基き、申立人等の共有にかかる別紙目録記載の物件(製造設備、器具、原料、半製品)を差押えた。

しかし酒税法に規定する麹はわが国古来から公然知られ且公然用いられているもので、主として酒類(清酒、濁酒、焼酎)の醸造の原料として供せられる麹(その代表的なものは米麹)すなわち巷間市販の麹を指称するものであり、このことは吾人の社会通念及び刑罰法規解釈の常道からいつて又酒税法上麹は酒類の種類に関する同法第三条の分類中清酒、濁酒、焼酎就中前二者の原料として規定されこれら以外の酒類の原料と定められていないことに徴し一点の疑も存しないのであるが、右滋養食品及びその製造過程の生成物は在来の麹(今米麹を例にとつて説明する)がその製造にあたり極力動物性臭気の排除に努め、動物性物質の混入を避けようとして苦心するに反し、穀類を(その米を使用する場合においても)最初から脱脂乳に浸漬し、出来上りのものにさらに牛乳を加へ、極力動物性を帯びさせることを主眼として製造されるのであつて、その結果として在来の麹が純植物性であるのに対し、多分に動物性を含み「カゼイン」蛋白賀、脂肪、石灰分、燐酸を含有し、又牛乳に含有するヴイタミンが附与されてをり、なお又その臭気(殊に動物性の)は掩うべくもなく到底酒造に用いることが出来ない。以上のように両者は製造方法、目的、用途成分等が悉く異り全く異別のものであり、本件差押処分は違法である。

よつて申立人等は被申立人を相手どつて過日仙台地方裁判所に右差押処分取消の訴を提起したが、本来罪とならないことがらであるにかかわらず酒税法違反なりとしてかく犯人扱をされた結果申立人等のなめる苦痛は他の行政行為による場合に比し遙かに深刻なものがあると共に、申立人等は前記滋養食品製造を生業とするについては約二十万の資金を借財にあをいで工場設備器具等の施設に投じており、このまま裁判の確定を待つていたのでは右多額の負債が残る一方生業を奪われて申立人遠山常雄は四人の、同佐々木赳夫は二人の各家族をかかえて一家路頭に迷う結果となり頭底回復し得ないか又は補償至難な損害を生ずることは必定で、現に刻々多大の損害を蒙りつつあるのである。而して申立人地方では六、七月は一ケ年中で最も繁忙な季節であり老幼婦女こぞつて田圃に出働しなければならないので、この期間こそ母乳代用品たる本件滋養食品の需要が多いのであつて、この時にあたり前記差押をうけたことは申立人等にとつて多大な苦痛であり、この差押の停止は緊急の必要にせまられている実情である。よつて本申立に及ぶと述べた。

被申立人指定代理人等提出の意見書によれば、申立人等がその主張する特許発明の実施をなし「滋養食品」と称するものを製造したこと、被申立人が右滋養食品及びその製造過程に製出される物はいずれも酒税法にいう麹であるとの見解の下に申立人等主張の如く国税犯則取締法第三条第一項の規定に基きその主張する物件を差押えたこと及び申立人等の家族数については争わないが、酒税法にいう麹は同法の目的に照らして穀類その他のものに黴類を繁殖させたもので澱粉糖化酵素剤として酒類の製造に利用しうるものを指称し敢て在来市販の麹に限定されない。本件特許製造法による製品及び製造過程における製品はいずれも充分な糖化発酵性を具有し酒類の原料として使用し得るものである。そればかりでなく、申立人等が右「滋養食品」と称するものを製造する目的たるや濁酒密造の用に供せんがためであつて、このことは右滋養食品と称する麹の製造に必要な設備はしてあるが、母乳代用品、虚弱者等の栄養剤として用いるために液状または粉末とする何等の設備をも有しないこと、本件特許発明の実施を許されている者は申立人等の他多数に上つているが、右特許の方法を実施して製出された麹を原料として濁酒がその近郷に氾濫しており密造の故を以て摘発検挙した例が相当多数に上つていることによつて明かである。かような事情からいつて被申立人のなした本件差押処分は適法正当である。次に申立人等は右差押処分によつて償い得ない損害を蒙るとし、これを避けるため緊急の必要に迫られているというけれども、右差押物件は千七百円程度のものでさしたる金額のものでない上、申立人遠山常雄は製麺加工を生業としていてこれに必要な機械器具は完備しており、麦の統制が撤廃された今日益々有利の営業として、これにより生活が成り立つてゆくことは疑なく、申立人佐々木赳夫は日雇または魚の行商を生業とし、同居の父母は自家所有の畑二反四畝歩を自作しており、これ又家族三名の生活に何等不安はないものと考えられ到底差押処分の執行を停止すべき事情にあるとは認められない、のみならず仮りに該処分の執行を停止することあらんか、濁酒密造を助長しその結果社会に害悪を表し公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれのあることは必然であり、かつ税務行政上重大なる支障を来すこと明かであると述べた。

理由

申立人等が申立外太田文吉の特許発明にかかる「滋養食品製造法(特許番号一七八、一二五号)の実施をなし滋養食品と称するものを製造してきたこと、被申立人が右滋養食品及びその製造過程において製出されるものはいずれも酒税法にいう麹であるとの見解の下に国税犯則取締法第三条に基くとして昭和二十七年五月二十九日申立人遠山常雄の肩書住所で申立人等共有の別紙目録記載の物件を差押えたことはいずれも当事者間に争いがない。よつて右差押処分の適否について按ずるのに国税犯則取締法は、収税官吏に対し国税に関する犯則事件について調査を為す権限を附与し、その証憑集取のために物件の差押をなし得ることとしたのであつて、刑事訴訟手続における捜査処分の場合と同じく、収税官吏において犯則事件があると認めた場合には、直ちに調査手続を開始し、必要があるときは証憑集取のため物件の差押を為し得ると解すべきで、この場合右犯則事件の嫌疑を合理的ならしめる事情があれば、それで右差押は適法であるといわなければならない。本件において前記差押は申立人等が政府の免許を得ることなく麹を製造したとの嫌疑にもとずいて為されたものであるが、記録中の田上勝作成昭和二十五年五月二十日附鑑定書写、同野本只勝作成昭和二十五年六月五日附鑑定書写、同大蔵事務官鈴木誠作成の日野公子にかかる「犯則事件報告書」写、同日野大吉に対する「質問てん末書」写を総合すれば、前記「滋養食成製造法」(特許番号第一七八、一二五号)の製造方法により製造された物及び該製造過程に生成する物はいずれも官能上、微生物学上、化学分析上及び酵素力等からみて市販在来の麹との間に特記すべき差異なく充分な糖化発酵性を具有し酒精含有飲料の原料として使用可能であること及び現に濁酒製造に使用された例があることを又記録中の大蔵技官角田太一郎作成昭和二十七年六月十二日附鑑定書写、佐々木赳夫に対する大蔵事務官大坂三夫作成の第一回質問てん末書の謄本によれば、本件差押当時申立人等が製造しつつあつた物件は前記性質を具有することを一応認め得るし記録中の仙台地方裁判所古川支部昭和二十六年(モ)第九〇号仮処分異議事件の判決書正本写によれば申立人遠山常雄は本件差押処分の数ケ月前になされた右事件の判決において、本件特許発明の実施の結果製出される物及び製造過程において生成される物はいづれも酒税法上の麹に該当するとの判断を受け敗訴したことの疏明があるから、かような事実を併せ考えると、収税官吏が申立人等に酒税法違反の嫌疑があると思料したことには合理的な根拠があつたと認めるべきである。従つて被申立人が右嫌疑にもとずき犯則に供したる物件又は犯則により得たる物件と目される別紙目録記載の物件を差押えたことは一応適法だつたといわざるをえない。次に申立人等代理人は本件差押処分の執行に因つて償うことのできない損害を生ずるおそれがあるから右差押処分の効力を一時停止すべき緊急の必要があると主張するけれども、申立人等代理人提出の疏明資料によつてはかかる事情を疏明するに足らない。

よつて申立人等の本件申立を却下し、申立費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条、第九十三条一項本文を各適用して主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 松尾巖 裁判官 飯沢源助 裁判官 山下顕次)

目録

一、麹板 九十九枚

二、米麹 六百九十合

三、こも 九十九枚

四、床用箱 二個

五、温度計 三本

六、甑(金製) 一式

七、釜 二個

八、浸米用桶 一個

九、浸米入ざる 四個

十、浸米 四百二十四合

十一、麹室 一個 以上

(参考)

1 行政処分に対する執行停止命令申請

宮城県遠田郡田尻町字町二百四十二番地 遠山常雄方

佐々木赳夫

宮城県遠田郡田尻町字町二百四十二番地

申請人 遠山常雄

東京都中央区京橋三丁目三番地久保長ビル四階

右代理人弁護士 山岸龍

宮城県古川市

被申請人 古川税務署長

前田義美

差押処分の執行停止命令申請事件

申請の趣旨

被申請人が国税犯則取締法に基くものだとして昭和二十七年五月二十九日申請人方において別紙目録記載の物件について為した差押処分は本案判決確定に至るまでその執行を停止する

という趣旨の御命令を仰ぐ。

申請の理由

一 申請人遠山常雄は、申請外青森県上北郡三本木町太田文吉から同人の特許発明にかかる滋養食品製造法の実施を許諾され(特許法第四八条第一項)第三者の委託により、その同居家族の用に供する程度において、原料の提供を受け、これを加工して滋養食品を製造してやり、相当の賃料を受ける方法により生計を立てている者である。

二 右特許権は

特許番号 第一七八一二五号

出願日及番号 昭和二十一年七月二十七日、同年願第四一一二号

公告日 昭和二十三年八月二十日

査定日 昭和二十三年十一月十六日

名称 滋養食品製造法

特許及登録日 昭昭二十四年三月十二日

発明者、特許権者 前記 太田文吉

であり、申請人遠山常雄は昭和二十六年七月八日右特許権者からその特許発明の実施を許諾されたのである。

三 右特許権の内容たる発明の要領、その実施の一例等は別紙疏第一号証の明細書写に記載の通りであつて、要するに特許権の範囲は(稗と同じ)大麦、小麦その他の穀類、雑穀類を多量の脱脂牛乳(大体穀類一石につき一石)に浸漬して蒸炊しこれに種麹を加えて製麹(麹のような物にする意味であつて酒税法にいう麹ではない)し乾燥したもの又はでき上りのままのものに牛乳と酵母の混合液を吸収させ乾燥粉末とすることを特色とする物及びその製造法なのであり、その目的とするところは経済的で甘味と栄養とに富んだ母乳代用品、特に動物性を帯ばしめた物を得るにある。一面適宜蒸炊して有害菌たる微生物を殺滅し他方牛乳と酵母の混合液を吸収させるのであるから牛乳に含有する「ヴイタミン」が附与され母乳代用品としても姙産婦虚弱者の食品としても好適な栄養剤である。

四 申請人等が前記滋養食品製造を営むについては工場設備器具等の施設に二十万円余の資金を投じたのであるが、これは他からの借財によつたのである。何故多額の負債をしてまでもこの生業を選んだかといえば、右滋養食品が姙産婦虚弱者の栄養剤として好適であり幼児に対しては滋養に富んだ甘味の母乳代用品であり申請人居住地方の農村においては経済上の関係から特に需要が多く、この食品の普及によつて食糧不足を緩和することができるし(母乳代用としての白米かゆ、米粉汁等が廃され米の節約となり、砂糖の節約ができこれ等は全国的に看ると実に多量になる)公共の幸福を増進することにもなるとの明るい希望が持てたからである。

五 実際農村においては農耕稼働の激しいことの原因で、母乳代用品を必要とする率は都会地に比べて相当高度であるが従来何々ミルク等の高価滋養剤の入手が経済事情その他の原因から困難なため多くは白米かゆ又は米粉汁に砂糖を加えて幼児に給飲させている実情であるため右特許の滋養食品の出顕は申請人地方の農村では歓ばれて需要はとみに増えて居るのである。

六 ところが昭和二十六年十月ごろから被申請人は、右滋養食品は、その製造過程に成生の物と共に酒税法第十六条にいわゆる麹にあたるから、申請人等が免許を得ないで麹を製造しているのであり、明かに酒税法違反であるとし、これまで再参にわたつて申請人に対しその業を廃止するよう申向けこれに応じなければ告発する旨を通告した。その都度申請人等は右滋養食品は酒税法にいう麹とは異る物であることを説明したにもかかわらず遂に昭和二十七年五月二十九日申請人方で申請人が右特許による滋養食品を製造中、これに対し国税犯則取締法第三条酒税法第六二条に基くものだとして別紙目録記載の物件を差し押えた。

七 然しながら前記滋養食品はその製造過程で顕出される物質とともにいずれも、わが国古来から公然知られ又公然用いられている酒税法にいう麹とは全然その目的、種類、性質、栄養度等を異にして居り両者は別異の物である。しかるに被申請人は右滋養食品及びその製造過程の成生物がいずれも酒税法にいう麹だとの前提のもとに前記差し押をしたのであるが、本来差し押えることを法律上許されない物を差し押えたものであつてはなはだしく違法の処分というの外はない。

八 よつて申請人等は被申請人を相手取り本日御庁に右違法な処分の取消を求める訴を提起した。けれどもその裁判の確定をまつていたのでは申請人等に到底回復し得ないか又は補償至難の損害を生ずることは必定である。今や申請人等は右差し押えにより滋養食品製造による生業を営むことができず現に刻々多大の損害をこうむつて居り、このまま推移するときは前記多額の負債のみ残り生業は奪はれ家族とともに路頭に迷う結果となるのである。

一面申請人地方においては、この六月、七月は一年中で最繁忙の季節で稲の作付、その他農耕につきいわゆる「ねこの手も借りたい」時であり、老幼婦女共田ぼに出働しなければならないのでこの期間こそ母乳代用品たる本件滋養食品の需要が多いので続々委託加工の申し込を受けている。このときにあたつて前期差し押をうけたことは申請人にとつて多大の痛手であり、需要者の失望も大きい訳で、この差し押の停止は緊急の必要に迫られている実情である。これ等を御しんしやくせられ至急前掲申請趣旨のような御命令を得たく、本申請に及ぶ次第である。

疏明方法及びその趣旨

別紙の通り

添付書類

一 疏明第一号ない至第四号の各写 各一通

二 申請代理委任状 一通

右申請致します

昭和二十七年六月九日

右申請代理人 山岸龍

仙台地方裁判所民事部 御中

2 意見書

申請人 佐々木赳夫

外一名

被申請人 古川税務署長

前田義美

右当事者間の御庁昭和二十七年(行モ)第三号行政処分に対する執行停止命令申請事件について、被申請人は次の通り意見を陳述する。

第一 本件執行停止命令申請は次のような理由により失当である。

本件執行停止命令申請はその必要性がない。

申請人等の本件申請の理由とするところは、申請人等は、申請外特許権者太田文吉から滋養食品製造法の実施許諾を受け、右特許に係る方法を用いて滋養食品を製造中である。然るに被申請人はその製造過程において生ずる物が、酒税法に規定する麹であると認めて国税犯則取締法の規定により右製品及び機械、器具等を差し押えた。右差押えによつて申請人等は到底回復し得ないか、又は補償至難の損害を生ずることが必定であり、その損害を避けるため緊急の必要に迫られているから、執行の停止を求めるため本申請をするというにある。

しかしながら、行政事件訴訟特例法第十条第二項の規定によれば行政処分の取消を求める訴の提起があつた場合には、裁判所は決定をもつて処分の執行を停止すべきことを命ずることができることになつているが、この場合にも執行により償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある場合に限られている。償うことのできない損害とは、金銭をもつて償うことのできない損害と解すべきところ、右差押えによつて申請人等のこうむることあるべき損害は金銭をもつて償うことのできる財産上の損害にすぎないからである。

第二 申請人等が製造した滋養食品は酒税法にいう麹である。

(一) 酒税法にいわゆる麹とは穀類その他のものに黴類を繁殖せしめたものであつて澱粉を糖化酵素剤として使用しうる物質をいうものであつて、その原料、製造方法、または名称の如何を問うところでない。

よつて澱粉糖化酵素剤として酒類の製造に利用しうる物質が酒税法第十六条にいう麹であることは酒税法の趣旨、目的からして明らかである。

(二) 本件特許製造法による製品または製造過程における製品は澱粉糖化酵素剤として利用しうる酒税法にいわゆる麹である。このことは仙台高等裁判所昭和二六年(ネ)第四五号(原審青森地方裁判所昭和二五年(行)第一六号)及び昭和二六年(ネ)第四六号(原審青森地方裁判所昭和二五年(モ)第二一号)仙台地方裁判所昭和二六年(ワ)第四六七号における本件特許製造法の実施によつて製出された物質に対する鑑定人田上勝(国税庁大蔵技官)及び野本只勝(岩手大学教授)角田太一郎(仙台国税局大蔵技官)の鑑定の結果によつても明りようである。

第三 収税官吏が、申請人等の本件特許権の実施によつて製出した滋養食品が酒税法に規定する麹であるから、申請人等の滋養食品製造行為が同法第一六条に違反するものとして国税犯則取締法の規定により右製品及び機械、器具を差押えたことは適法であつて違法の処分ではない。

特許権者が、特許権を実施する場合もその実施に当り他の法令による許可又は免許にかかる場合においては当該許可又は免許を得る必要のあることはもち論である。

従つて、申請人等が本件特許権の実施によつて製出された物が麹である場合には酒税法に基き政府の免許を受けるべきものである。

しかるに申請人等は同法の規定に違反し本件特許に係る滋養食品が麹であるのにかかわらずその麹の製造について政府の免許を受けないのであるから被申請人の前記差押処分は適法かつ正当である。

第四 現在、被申請人の知つた範囲だけでも、本件特許に係る滋養食品製造法の実施許諾を受け、右方法を用いて滋養食品と称する麹を製造し、または製造せんとしている者が仙台国税局管下に五十七名程おり、これ等以外にも相当数に上る右特許権の実施許諾を受け、この方法を用いて滋養食品と称する麹を製造し、または製造せんとしている者があるとの情報があるので、収税官吏は日夜監視の任に当つているものである。

なお、右特許の方法を用いて製出された滋養食品と称する麹を原料として濁酒を密造した事実に基づき、酒税法違反として、摘発検挙した事例が相当多数に上つている実情である。

第五 申請人等及び他の実施者も滋養食品と称する麹を製造する目的は、姙産婦、虚弱者、乳幼児の栄養剤として用いるためでなく、前述のように専ら濁酒密造の用に供する目的をもつて製造していることは、右滋養食品と称する麹の製造に必要な設備はしてあるが、母乳代用、虚弱者等の栄養剤として用いるために液状または粉末とする何等の設備を有しないこと、本件特許の方法を実施して製出された麹を原料とした濁酒が、その近郷にはん濫している事実によつても明らかである。

第六 以上の次第であるから本件差押処分の執行を停止されるにおいては、濁酒密造が助長されることになり、その結果は社会に害悪を来し、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれのあることは必然であり、かつ税務行政上重大なる支障を来すことになるので申請人等の本件執行停止命令申請は失当であるから却下の裁判相成りたくお願いする。

疏明資料

一 鑑定書 (鑑定人 田上勝)

一 〃 ( 〃 野本只勝)

一 〃 ( 〃 角田太一郎)

一 〃 ( 〃 植村定治郎)

一 〃 ( 〃 麻生清外一名)

一 判決書 (仙台高裁昭和二六年(ネ)第四五号)

一 〃 ( 〃 (ネ)第四六号)

一 〃 (仙台地方古川支部(モ)第九〇号)

一 酒税法違反犯則事件に関する書類 (被疑者 日野公子)

一 〃 (鹿野忠二外一名)

附属書類

一 指定書 二通

昭和二十七年六月十九日

被申請人指定代理人

仙台法務局

加藤隆司

福島悦蔵

古川税務署

相沢佐内

仙台地方裁判所民事部 御中

3 意見書

申請人 佐々木赳夫

外一名

被申請人 古川税務署長

前田義美

右当事者間の御庁昭和二十七年(行モ)第三号行政処分に対する執行停止命令申請事件について被申請人は更に次の通り意見を補足陳述する。

一、本件差押処分に至つた経過

申請人等は兄弟関係を有するものであるが申請人遠山常雄は昭和二十六年十二月において本件特許にかかる滋養食品と称する麹を製造した事実に基づき検挙されたことがあり、その後本年五月十六日任意調査の際麹を製造中であつたので更に厳重なる戒告を与えたがその後申請人遠山常雄方において申請人両名が本件特許にかかる滋養食品と称する麹を製造しているとの情報があつたので、更に同月二十九日収税官吏が同人方に調査におもむいたがたまたま同人宅に申請人佐々木も居合せたので両名の承諾を得、立会の下に室内を検査したところ現場に滋養食品と称する米麹(未製品も含む)が製出されてあつたので、両名に対する調査の結果及び設備の情況等から両名共同にて販売のため製造したものなることが判明したので、収税官吏は国税犯則取締法第三条第一項により現行犯として別紙差押てん末書の通り製品、材料、器具等を証憑物件として差押えたものである。

二、差押物件の見積価格

仙台国税局の評価によれば別表記載の如く金千七百四円余相当でさしたる金額のものではない。

三、申請人等の生業、資産、収入、生活状態

(一) 申請人遠山常雄は妻(三七才)長男(一四才)二男(一二才)三男(三才)の五人家族にして製麺加工を生業とし資産は宅地、住宅の外には不動産としてはないが、製麺加工業としての必要なる機械器具は完備しており、所轄町長の評価によれば金五十万五千余円と認定されている。

収入、生活状態は本年六月一日からは麦の統制が撤廃せられたので従来の如く委託加工のみでなく、自由に製造販売することができるので現在主食の絶対量が不足である今日益々有利の営業であり、これが生業として生活が成り立つて行くことは疑いのないところであつて生活上何等不安がないものと認められる。

(二) 申請人佐々木赳夫は父(六四才)母(六二才)の三人家族にして、本人は日雇または魚の行商等を生業とし、父母は自家所有の畑二反四畝歩余を自作しているのでこれより生ずる収入も相当額であり、また、本人の日雇、魚行商から生ずる収入を計算すれば家族三名の生活には何等不安はないものと考えられる。

なお、最近においては、申請人佐々木赳夫は実兄である申請人遠山常雄の製麺加工が多忙のため手伝いをしているとのことであるから、現在では日雇、行商等の収入と比較して相当収入が増加しているものと推察される。

四、以上綜合すれば申請人等は孰れも確実な生業の下に不充分ながらも何等の支障なく生活を営んでおるものであるから、本件差押によつて回復し得ないか、または償うことのできない損害を避けるため之が執行を停止する緊急の必要があるものとは考えられない。よつて申請人等の本件執行停止命令申請を却下するとの裁判相成りたく茲にお願いする次第である。

疏明書類

一、資産、生業、生活状態調査書 二通

一、町民税調査書 一通

昭和二十七年七月七日

右指定代理人 加藤隆司

福島悦蔵

仙台地方裁判所民事部 御中

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